マナビ塾:9月15日(火)「街道ひとり歩き[海外編]“サンティアゴ・デ・コンポステーラ巡礼路”」の楽しみ方を学びました。
例年以上に台風の関東接近の報が続き多雨な初秋の一日、マナビ塾は”街道ひとり歩きを楽しむシリーズ第二弾” として「街道を歩く[海外編]サンティアゴ・デ・コンポステーラ巡礼路」を中心に中村昭氏をお迎えして開講いたしました。
中村講師には2025年3月、日本の街道をご自身の足で精力的に巡っておられるそのひとり歩き3200kmの体験を「街道ひとり歩きを楽しむ※」と題してマナビ塾にご登壇いただきましたが、以降も昨年が「奥州奥道中」と「熊野古道」に、そして今年が世界遺産「サンティアゴ・デ・コンポステーラ巡礼路」として最も人気の高い「フランス人の道」約780kmに挑戦をされていました。
[※ 喜楽会東京HP連絡版アーカイブ2025.5.5投稿記事参照]
今回は「街道ひとりあるき 奥州から欧州へ」と題して、ご用意いただいたパワーポイントは奥州奥道中・熊野古道を含めてなんとナンバリングされた写真が248枚でした。(2・3枚に編集された写真も多かったので実枚数は500枚近くと思われます。)
奥州奥道中では福島・仙台・盛岡・青森までの長い街道の景色を途中の宿場町の観光スポットも織り交ぜていただきながら、熊野古道では修験道者の歩く険しい道の様子を立派な熊野三山とともに見せていただきました。
そして、フランスからスタートした「サンティアゴ・デ・コンポステーラ巡礼路」では、日本とは異なる景色・建造物・食べ物・飲み物等々のいろいろな情報を見せていただくとともに「デュアルピルグリム(二つの道の巡礼者)達成」の喜びを私たち受講者も一緒に感動させていただきました。

以下、中村講師の解説要旨を辿ったルートに沿って写真とともに記述させていただきますので、ご一緒に街道歩きにお付き合い願います。
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【 街道ひとり歩き 奥州から欧州へ 】
1.海外への前哨歩き:奥州奥道中と熊野古道&伊勢路へ

① 2025年5月「奥州奥道中」を歩く
2024年9月に北陸道560kmのポクポク歩きを完歩後、白河宿から三厩(みんまや)宿までの「奥州奥道中」約630Kmを2025年5月7日から35日間かけて歩くことにしました。出発点は白河の女石(おないし)追分でした。
奥州奥道中は仙台藩の預かり街道、今でいう県道ですが、アップダウンはそれほどではないものの、なにしろ山道に人けがない。山藤の季節だったこともあって桜前線ならぬ藤前線とともに北へ北へと向かったのでした。

東北地方にゆかりの深い坂上田村麻呂と蝦夷(エミシ)の戦い、そのゆかりの地でもあるからでしょうか、「鬼死骸」といった地名の名残が一関にありその凄さに驚かされることもありました。

平泉を過ぎた水沢は大リーガー大谷翔平さんの故郷で有名ですがボーイスカウト初代会長の後藤新平の故郷でもあり、ニツセイの弘世現元社長も同じ会長つながりを思い出し感慨深いものがありました。

また盛岡は実にハイカラな街、しかるに盛岡一高生はバンカラ弊衣破帽で有名だったとか。今でもその名残りのままの学生を街中で見かけ感心しました。バンカラといえば私もわんこそばに挑戦して105杯!(驚きの声が上がりました) なかなかの記録と自負しています。

そうそう一戸ではまたまた熊に遭遇、一難を逃れましたが山道ではマーチを流して歩きました。途中奥入瀬渓谷に寄り道したり、天守閣引っ越し中の弘前城では日本百名城登城達成のスタンプをいただきました。

津軽半島に入って松前街道と名を変えた奥州奥道中の終点の三厩(みんまや)についたのでした。三厩の途中の宇田には魚のホッケ(法華)の名付け親の日持(にちじょう)上人ゆかりの日蓮宗“聞法(もんぽう)寺”がありましたね。
②2025年9月世界遺産「熊野古道&伊勢路」を歩く
その年の2025年9月20日には、歩ける世界遺産として有名な熊野古道として和歌山県の紀伊田辺駅から中辺路(なかへち)ルートと伊勢路を辿り伊勢神宮外宮までの約300Kmの巡礼の道に挑戦することにしました。

ルートの出発点は滝尻王子でした。王子とは、熊野三山の祭神の御子神やその分霊を祀る神社の跡でルートに沿って複数あり、それぞれに寄った際には、デュアルピルグリム共通巡礼手帳のスタンプ欄にスタンプを押しました。

口熊野(くちくまの)と奥熊野(おくくまの)を分ける重要な境界にある三越(みこし)峠関所跡を通って、熊野本宮大社に到着しました。

なお、滝尻王子から熊野本宮大社までの巡礼(38Km)でデュアルピルグリムにおける熊野巡礼の達成条件をクリア出来たことから、熊野本宮大社にて巡礼達成証明スタンプを押印してもらいました。
ただし、私としては、世界遺産の伊勢路までのルートを目指していますので、ここで終了するつもりは全くなく、中辺路ルートでも最難関と言われる小雲取(こぐもとり)越え・大雲取(おおぐもとり)越えに向けて出発しました。

熊野那智大社と那智山青願渡寺と補陀洛山寺を巡ってから、川の参詣道と言われる熊野川船下りを経て、新宮の熊野速玉大社を参拝して、中辺路ルートを完歩しました。
2004年の「紀伊山地の霊場と参詣道」として世界遺産に登録されたこともあるのでしょうが、中辺路を歩く8割が外国人であることに驚きました。参詣道といえども山岳修行の一面もあったかっての熊野詣の道、街道というより登山道の趣がピッタリでした。

新宮からは熊野古道の伊勢路を七里御浜を通り、日本最古の神社とも言われる花の窟(いわや)神社を参拝し、八鬼山(やきやま)峠他いくつかの峠を越えて、終点である伊勢神宮外宮の北御門(きたみかど)に到着しました。14日間の歩きとなりました。
伊勢路は、海沿いの平坦な路から始まりましたが、どうしてどうして13~17kmあたりからの和歌山県から三重県に変わる松本峠道に入ってからの何回もの峠越え、西国一と言われ山賊や狼が出没したという八鬼山越え等々難所が続きました。伊勢路は厳しい道だったのです。

3.2026年5月~6月もう一つの世界遺産「サンティアゴ・デ・コンポステーラ巡礼路」を歩く

①フランスのバイヨンヌとサン・ジャン・ピエ・ド・ポルにて
2026年5月12日羽田を立ち、パリ経由ビアリッツ空港を経て、バイヨンヌで一泊した際に世界遺産に登録されているバイヨンヌ大聖堂に寄りました。

そして翌日南フランスのサン・ジャン・ピエ・ド・ポルにつきました。ここはキリスト教の三大聖地と言われるエルサレム・ローマと並ぶ「サンティアゴ・デ・コンポステーラ巡礼路」の”フランス人の道”と言われる約780kmのルートの始まりの街です。ちなみに“サンティアゴ”とは十二使徒の一人のヤコブのことだそうです。
巡礼事務所で巡礼手帳に出発のスタンプを押してもらい、重い荷物を宅急便で送ると、ピレネー山脈(標高約1200m)を越えてのスペインへの第一歩を踏み出しました。そう身軽く歩けるよう先々の町に宅急便が整備されているのです。大いに助かりました。
この巡礼ルートは、ピレネー山脈を越えるとスペインのナバーラ州⇒ラ・リオハ州⇒カスティーリャ・イ・レオン州⇒ガリシア州と4州を横断していきますが、熊野古道と同様に「サンティアゴ巡礼路」として世界遺産に登録されており、ガリシア州と和歌山県とは姉妹道提携を結んでいます。両者には「共通巡礼手帳」が用意されていて片面が「熊野古道」、もう片面が「サンティアゴ巡礼路」、そして達成すると専用ウェブサイトで紹介してもらえるのです。熊野古道のタグをみて行ったよと声をかけてくれる巡礼者も少なくなく、「四国お遍路」は知らずとも熊野古道は有名でした。
②ナバーラ州にて

ピレネー山脈では登るにつれ天候悪化し、ナバーラ州に入った3日間は雨の連続でした。巡礼路にはSOSトランシーバーが置いてあるヘルプポイントもあるのに驚きました。一日中続く見渡す限りの小麦畑の一本道をテクテク。人の姿も見えずスプリンクラーが回るだけ。

今回初めての土地で長期間かつ長時間の歩行を考えて、一週間に一回休みの日を設けました。宿はホテル中心でしたが、若い人は巡礼路にたくさんある“アルベルゲ”と言う二段ベッドで予約不要(早い者勝ち)で料金も1800円~3000円程度の宿を利用していて、私もナバーラ州のウルダニツ村で利用しました。ここではロンドンから来られたママ友6名と楽しく食事しましたが、男女同室なので着替えには往生しました。

やがて最初の大きな街が現れました。牛追い祭りで有名なパンプローナで大聖堂がありました。ちなみに大聖堂とは、司教のいらっしゃる教会であることを知りました。夜はバル(居酒屋)に入りました。巡礼路ではレストランのない村もありましたが、バルが昼からオープンしているので大いに活用しました。

パンプローナを過ぎるとしばらくすると難所で有名なペルドン峠を越えました。ここには巡礼者のモニュメントが設置されていました。ロマネスク様式で有名なプエンテ・ラ・レイナの女王の橋も見て来ました。
③ラ・リオハ州にて

ラ・リオハ州に入ると小麦畑に代わってブドウ畑が延々と続きました。やがてログローニョの街にはいり、ログローニョ大聖堂を見学しました。

ログローニョの街にはたくさんのバルがあり、驚くのはどこのバルも料理が一品のみ、いやでもはしごをせざるを得ない仕掛けになっていました。一品は、フォアグラ、パタタス・ブラパス(ジャガイモにピリ辛のトマトソースをかけたもの)、イカのブランチャ(鉄板焼き)等々どれも美味しく、ビールをレモンソーダで割るクララという飲み物を覚えました。

イラーチェ村には、ワイナリーがあり、そこには巡礼者用に蛇口をひねると無料のワインが飲めました。
サント・ドミンゴ・デ・ラ・カルサダと言う街にも大聖堂があり、中に生きたニワトリがいたのには驚きました。
④カスティーリャ・イ・レオン州にて

カスティーリャ・イ・レオン州に入ると同州発祥の料理ソパ・デ・アホを食べました。ニンニクスープですが美味しかったです。
サントヴェニア・デ・オカ村の“アルベルゲ”では、二段ベッドの上と下になった元D生命にお勤めの中村氏と一緒に食事をとりました。巡礼路では多くはありませんが、日本の方々ともお会いし、何名かの方とは一緒に歩きました。

ブルコスの街では、世界遺産に登録されているブルコス大聖堂を見学して来ましたが、大きくて高い尖塔の中まで立派な装飾がなされていました。

巡礼路でも屈指の急勾配のモステラーレス峠は、広大な乾燥平原のメセタの始まりでもあり、地平線まで麦畑が広がっています。単調な道を数日歩くのでツーショット写真を撮らせて頂いた葉山さんを含めて他の巡礼者とも親しくなりました。

カスティーリャ・イ・レオン州でシャレているなと思ったのは、巡礼路の標識が可愛い巡礼者の後ろ姿のイラストで統一されていたことです。
サアグーン村では、“フランス人の道”の中間点とのことで「中間巡礼証明書」を発行してもらいました。

大きな街、レオンではステンドグラスが美しいレオン大聖堂を見学しました。夜はバルを楽しみましたが、驚いたことにここのバルはタパス(小皿料理)が無料でした。

次の大きな街、アストルガには大聖堂とその横にある司教館を見学しました。司教館はあの有名なアントニオ・ガウディの設計だそうで双方の建物を見比べることが出来て面白かったです。
アストルガからポンフェラダの間にあるイラゴ峠は巡礼路でも有数の高所(1500m)で、頂上には鉄の十字架と呼ばれるモニュメントが立っていました。
⑤ガリシア州にて

ガリシア州に入ると強風で有名なサンロケ峠があり、ここには帽子を押さえる巡礼者の銅像が立っていました。
トリアスカステーラ村には「四国のお遍路さん」の関係者・関係団体が建てた日西友好記念碑がありました。(後述のサリアの街中にもありました。)

最後の中継都市サリアに入ると一気に巡礼者が増えました。実はコンポステーラの巡礼証明書を取得する条件に徒歩での最低距離「100Km以上」を満たす最短ルートの出発点になるためです。
メリデの街ではガリシア州郷土料理のプルポを食べました。茹でたタコとジャガイモが絶妙な味でした。

サン・ジャン・ピエ・ド・ポルから780 km、歩きとおした30数日間。その最終日はゴールから約5Kmのところにある歓喜の丘(モンテ・ド・ゴゾ)に登り、サン・マルコ教会に寄って、終着点サンティアゴ・デ・コンポステーラの大聖堂に立ちました。2026年6月19日でした。


大聖堂でデュアルピルグリムの共通手帳に最後のスタンプを押してから、すぐ近くの巡礼事務所に行き、デュアルピルグリム達成証明書と巡礼距離証明書を発行してもらいました。(後日、デュアルピルグリムの専用ウエブサイト(ホームページ)にも達成者として掲載されているのを確認しました。)

翌日は12時からの大聖堂のミサに参加し、なんと前から二番目に座れて巨大な香炉が聖堂内の翼廊を大きく舞う「ボタフメイロ」を体験しました。荘厳な瞬間でもありました。
帰途はマドリッド経由パリ・オルリー空港から南回りで帰国しました。時節柄14時間もの搭乗ではありましたが、何事もなく無事羽田につき目標を達成しました。
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以上、きっかり二時間、巧みな話術とたくさんの写真とともに奥州奥道中・熊野古道・サンティアゴ巡礼路の風景、建物・街や村を楽しくご紹介頂き心より感謝申し上げます。
しかしながら、改めて、年間800Km~900Kmを歩かれている中村さんのタフさに驚かされますが、なんと、早くも次なる計画として、甲州街道再度、北國街道、唐津街道、そしていよいよ四国遍路1200kmに挑戦なされるとのこと、ますますのご活躍をお祈りしております。
さて、いつもは次回10月企画の案内をさせていただくところですが、今回の記事の写真編集に手間取ったことで、10月23日(金) の佐藤由利江講師「湯河原観光ボランティアの見た湯河原物語」のご案内が出来ませんでした。誠に申し訳ありません。(大江戸だより第33号(15ページ)及びLINEグループを通じてご案内はさせていただいてはいますが)
と言うことで、11月企画のご案内になってしまいましたが、11月15日(金)堀本拓司氏を講師にお招きして「仏像彫刻の魅力」について学びますので、是非お楽しみに、皆さまのご参加をお待ちしています。
【 マナビ塾世話役 栗原麗子 記 】
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私は参加できませんでしたが、知っていればぜひ聞いてみたかったです。講演内容を詠ませていただき、本当に残念でたまりません。詳細まとめていただいて、講演を聞いた気分になり、ありがとうございました。それにしても中村氏の行動には感嘆いたしました。
前回の国内編に引き続き、今回の海外編のお話を楽しみにしていました。自分の足で異国の大地を踏みしめ、風を感じ、景色を眺め、食を楽しみ、人との出会いを大切にされている中村様のお姿に感動し、その行動力がとても羨ましいと思いました。
さらに喜楽会室のスクリーンで見た写真よりも、ホームページに載せられた数々の写真が鮮明で美しく、麦畑やブドウ畑といった土地独特の風景や厳かな大聖堂の雰囲気が伝わってきて、大変感動いたしました。
中村様のエネルギッシュなお姿に勇気をもらいました。どうぞこれからもお元気で、また心が弾むような楽しいお話をお聞かせください。有難うございました。