ハイキング同好会:10月13日(火)江の島散策に行って来ました

10月のハイキングは、恒例の元鎌倉ガイド協会会員の中村烈さん(千代田G会長)による鎌倉ガイドツアーです。

参加者27名の皆さんがJR「藤沢駅」中央改札口に9時10分までにお集まり頂きました。

この日はゲストとして、石川県支部の中富洋子副委員長(以下“中富さん”と表記)がご参加くださいました。いつも東京都支部のHP(ホームページ)を読まれて、温かくそしてウイットの富んだコメントを投稿してくださる中富さんには多くの方がお会い出来ることを楽しみにしていました。黒いブラウスと白いパンツルックで颯爽と改札口から現れた中富さんは、石川県支部さんのHPで拝見させて頂いていた通り、気品が漂い、短い会話の中にも聡明さを感じさせる素晴らしい方でした。初対面にもかかわらず事務局の続谷さん・薮内さん・私(金子)と町田Gの野伏さん・川北さんの顔と名前が分かっていらしゃったのには驚きました。

さて、中村さんの先導で、小田急江ノ島線の「藤沢駅」から電車に乗り、「片瀬江ノ島駅」に移動しました。まるで竜宮城のような(実際に竜宮城をイメージし建てられたそうです)駅舎の前で写真を撮りました。(一部のメンバーが次の電車で来られることになり全員では有りませんでした)

そして400メートル程の弁天橋を渡る前に、たもとにある「名勝史跡江ノ島」碑の前でも中富さんを囲んで写真を撮りました。(東京都喜楽会の旗を持って頂きました)

カモメの鳴き声と静かな波の音を聞きながら弁天橋を渡り、江ノ島の入り口の「青銅の鳥居」の前に着くと、中村さんより、「青銅の鳥居」について次の解説がありました。

(1)1747年に創建されたが、現在の鳥居は、文政4年(1821年)に再建されたもので、当時の大旦那衆や花魁が寄付をされて作られ、柱にはその方々の名前が刻まれている。(2)鳥居の扁額には、「江嶋大明神」と書かれており、鎌倉後期の書道の名手である後宇多天皇が寄進された額を写したものである。

仲見世通りに進むとすぐ右手に「旧岩本院 岩本楼」と書かれた古く風格ある看板が掛けられた和風の大きな建物があり、中村さんより、「岩本楼」について次のガイドがありました。

(1)明治時代から続く老舗旅館だが、元は江の島の別当寺「岩本院」で、将軍や大名が宿坊として利用していた。(2)歌舞伎の演目「白波五人男」で弁天小僧菊之助がこのお寺の稚児(小僧)として働いていたと名乗る有名な台詞があるが、それは作者の河竹黙阿弥がこの旅館を江の島の定宿にしていたことで構想を得たと思われる。

仲見世通りの左右の新旧入り交じるお店をながめながら進むと、いよいよ大きな「朱の鳥居」に着きました。今回は階段を使わずに、3区間からなるエスカー(エスカレーター)で、3つの神社(辺津宮神社・中津宮神社・奥津宮神社)を巡ることになり、団体扱いで購入したQRコード付きのチケットが各人に幹事より配布されました。

“エスカー1”に乗り、「辺津宮(へつみや)神社」へ移動しました。境内には白龍池があり、中央に高さ3メートル程の白龍がこちらを見て鎮座しており、池の周りにはお金を洗い清める為の小さなザルがいくつか置いてあります。

大きく立派な社殿の「辺津宮神社」を参拝してから、社務所前の眺めの良い広場に全員集まって頂きました。運よく全員がベンチに座ることが出来ました。

まず、最初に藪内さんより、今日のゲストの中富さんがご紹介され、ご挨拶をいただきました。

中富さんからは、「石川県支部では“晴れ女”と言われているので、今日も晴れてくれて良かったです」と笑わせてから、震災・豪雨への東京都支部からの義援金へのお礼と、現在の復興への取組の様子そしてホームページを通じた更なる交流の期待についてお話下さいました。

続いて、中村さんより「江の島神話」とも言える興味深いお話が以下の通り手作りのガイドブックを示されながら始まりました。

(1)飛鳥時代に欽明天皇が岩屋にお宮を造られた。(2)江ノ島が海上ルートの要所であったことから海を守る福岡県の“宗像(むなかた)大社”の宗像三女神をこの地に勧請した。(3)地元に悪行を重ねていた五つの頭を持つ五頭龍を諫めた天女の伝説(江の島縁起)があり、その天女が弁財天となった。(4)弘法大師も岩屋で修行をされ社殿を建立した。(5)源頼朝が奥州藤原氏討伐の必勝祈願をして弁財天を祀らせた。(6)北條時政が江の島に参籠したところ、龍の化身が現れ子孫繁栄を約束し、その際に龍が残した三つの鱗が元になり北條家の家紋になった。(7)多くの神社が女人禁制だった時代に江島神社は女性の参拝が許されたので江戸時代に女性達が多く訪れていた。

説明が終わってから、「辺津宮神社」の境内にある「奉安殿」を拝観しました。広島県の宮島と滋賀県の竹生島と並び「日本三大弁財天」として信仰されているとのことで、神聖な八角の赤いお堂の中に入ると、開運の神様として信仰される“八臂(はっぴ)弁財天”と、芸能音楽の神様として信仰される“妙音弁財天”(別名“裸弁財天”)が祀られていました。その他に源頼朝、北條政子、弘法大使、杉山和一(検校)などに由来する宝物も収蔵されていました。

外に出て進むと、八岐大蛇を退治したことでも知られ、江の島神社に祀られる三女神の父神である建速須佐之男命を御祭神とする「八坂神社」も境内社として祀られていました。

“エスカー2”に乗り「中津宮神社」へ移動し、鮮やかな朱色の社殿を参拝しました。参道には江戸歌舞伎の劇場「中村座」と「市村座」が奉納した立派な石灯籠がありました。七代目尾上菊五郎と五代目尾上菊之助、親子の手形も見ることかできました。このように「中津宮神社」は、芸道向上のご利益があるとのことで、江戸時代から現在まで歌舞伎関係者の信仰が続いている様子がうかがえました。

中津宮広場では、江の島ヨットハーバーに並ぶ沢山の白いヨットとその奥の青い海が一望出来、しばしの間その眺望に見とれていました。下り階段の先には展望デッキがあり人が行きかっていましたが、今回はそこまでは進みませんでした。それでも木々の間から望む景色はまた格別なものでした。

最後の“エスカー3”に乗ると、江の島の頂上にある「江の島サムエル・コッキング苑」の前に到着しました。こちらはイギリスの貿易商であるサムエル氏が1882年から造園した和洋折衷庭園跡で、南洋植物をはじめさまざまな花が植えられていました。バラ園の前で2班に分かれて集合写真を撮りました。

また、苑内には“シーキャンドル”と呼ばれる展望塔(有料)もあり、道の両脇にはキャンドルの筒がところ狭しと置かれ、暗くなる頃にはさぞきれいにライトアップされることと思われました。但し、17時以降は入苑料(大人500円)がかかるとのことです。

「サムエル・コッキング苑」から550m程離れたところに「奥津宮神社」があるのですが、その途中に「山二つ」という江の島がくびれた箇所があり、自然が作り上げた見事な景観で写真スポットでした。

10分程歩いて江島神社で最も高い場所に位置する「奥津宮神社」に着きました。安らかに海を守る神様といわれているそうです。拝殿の天上には、どこから見てもこちらを睨んでいるように見える「八方睨みの亀」の絵がありました。中村さんの説明によると「奥津宮神社」の裏手から岩屋(龍神発祥の地)へ行くことが出来るそうですが、時間が足りない為、今回は省略したとのことでした。

「奥津宮神社」からは、「朱の鳥居」まで下りのエスカーがないので坂道を徒歩で下りました。途中に「杉山検校のお墓」があり、中村さんと同じペースで歩いていたメンバーは、江の島とゆかりのある杉山検校(けんぎょう)の物語を次の通り聞くことが出来ました。

(1)幼少時に失明し、鍼師を目指していたが上達せず、悩んで江の島の岩屋で祈願した。(2)満願の日に石に躓き、竹筒に入った松葉が手に刺さった。(3)そこからヒントを得て、痛みの少ない管鍼(かんし)術を考案した。(4)世界初の視覚障碍者向け職業教育施設「鍼治講習所」を開設した。

「朱の鳥居」に全員揃ってから、仲見世通りに入ると朝方とは打って変わり、外国人を含む大勢の観光客で賑わい、まるで原宿の竹下通りのようでした。

帰路は、再び弁天橋を渡りましたが、目的地は小田急「片瀬江ノ島駅」ではなく、江の島電鉄の「江ノ島駅」でした。弁天橋から「江ノ島駅」は「片瀬江ノ島駅」より距離があり、かつ江島神社三社巡りで既に脚にかなり疲労が溜まっている方もいらっしゃって、歩くペースに差がつきましたが、皆さん励まし合いながら歩きました。

駅のホームに到着し、この日はお一人の方が残念ながら懇親会に参加できませんでしたが、残りの26名は揃って江ノ電に乗り込み「鎌倉駅」に移動しました。懇親会会場は、小町通りの中にあるお馴染みとなった中村さんご紹介の上海料理の名店「二楽荘」です。

席に着き各自の飲み物の注文を済ましたところで、さっそくお世話役の薮内さんより開会挨拶として中村さんへいつもながらの分かり易く面白いガイドに対してのお礼を述べさせて頂きました。続いて、遠方からご参加頂いた中富さんへの感謝の意として、同好会と町田G有志からの粗品を薮内さんと野伏さんよりそれぞれお渡しさせて頂きました。すると、中富さんからもご用意頂いていたとのことでお菓子を代表して薮内さんが受け取られました。(注:中富さんのご挨拶の中で、東京都支部の災害義援金へのお礼のお言葉を頂いたので、その場ではお菓子は開けずに、翌週20日の支部委員会の場で配らせて頂きましたのでご了承願います)

そして、鍛さん(前委員長)の乾杯の後、美味しい中華料理コースをいただきながら各テーブルでいつもの通りグループの垣根を越えた歓談が始まりました。

特に中富さんのテーブルでは、中富さんがコメントをされる際に東京都支部の独自HPの記事だけでなく本部喜楽会HPの東京都支部の個人投稿記事も読まれていることや東京都支部以外の支部(熊本支部等)ともHPを通じた交流をされているとのお話で盛り上がり、その情熱には頭が下がりました。

楽しい時間はあっという間に過ぎ、予定の14時30分になったところで、続谷委員長の閉会挨拶でお開きとなり、お店の前で解散となりました。

なお、解散後、中富さんには、熱烈ファンメンバーで小町通りの「コメダ珈琲店」でのお茶会にお誘いし、帰りの飛行機に間に合う時間までお付き合い頂きました。

 

中村烈さんには、2022年度から鎌倉散策の企画を年2回開催させて頂いていますが、鎌倉の神社・仏閣の歴史を物語のようにガイドくださるのでいつも大人気です。中村さんよりまだまだ案内したい神社・仏閣があると伺っておりますので、これからも引き続きご協力をお願い申し上げます。

そして今回初参加された中富さんには、石川県支部さんのHPに何と3日後の10月16日付で「東京都喜楽会ハイキング同好会に参加しました」との題で記事を掲載頂いており、更にその記事に東京都支部の会員6名がコメント投稿するという、まさにHPを通じた支部の交流が進んだことに感謝申し上げます。今回のご参加で益々中富さんファンが拡大したように思われます。是非、来年度もご参加頂きますようにお願い申し上げます。

 

次回のハイキング同好会は、11月23日の“ふれあい森林教室”です。こちらは緑の財団の主催で、10月31日に行われた”森林づくりボランティア”と同じく、ハイキング同好会として参加することになりましたが、既に定員に達し申込みを締め切らせていただいていますので何卒ご了承お願いします。

【  ハイキング同好会幹事 金子 恵 記  】

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